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3月7日(土)
2025トルコ発掘報告会
13:00 挨拶 横井 裕(中近東文化センター理事長)
13:05 大村幸弘名誉所長 追悼動画
13:15 特別講演「トルコと日本―三笠宮家が紡いだものがたり―」
彬子女王殿下(中近東文化センター総裁)
・-・-・-・-・14:15〜14:35 休憩( 20 分)・-・-・-・-・-・
14:35 アナトリア考古学研究所の活動2025年度 松村 公仁(アナトリア考古学研究所長)
14:45 第16次ビュクリュカレ発掘調査(2025年) 松村 公仁
・-・-・-・-・15:20〜15:35 休憩(15 分)・-・-・-・-・-・
15:35 第38次カマン・カレホユック発掘調査(2025年) 松村 公仁
16:10 第16次ヤッスホユック発掘調査(2025年) 大村 正子(アナトリア考古学研究所)
16:45 閉会の辞
17:10 懇親会

2025 年はカマン・カレホユック遺跡の発掘調査(1985 年考古学的予備調査、1986 年第1次発掘調査)開始からちょうど40 年の節目の年でしたが、5月20日に当研究所の活動を牽引してきた初代所長の大村幸弘が急逝し、それに先立つ3月6日にはヒッタイト学者であり研究所の協力者であった元中近東文化センター研究員吉田大輔も逝去いたしました。ここにあらためてご報告させていただきます と共に、永年、両故人の研究および様々な活動をご支援くださいました皆様に深く感謝申し上げます。
名誉所長 大村幸弘
アナトリア考古学研究所(JIAA)の活動
2025 年度も例年同様3 遺跡の発掘調査と並行して、植物考古学、形質人類学、博物館学、考古学のフィールドコースを開催しま
した。博物館学フィールドコースは昨年度同様、1期目は紙の保存修復、2期目は布の保存修復を課題とするコースが開かれまし
た。出土遺物整理、図面制作や資料のデジタル化、報告書の準備などは継続的に行われています。
彬子女王殿下には9月18日カマンの研究所までお成り頂き、3遺跡の他、博物館、三笠宮記念庭園等、研究所の現地活動をご
視察頂きました。
ビュクリュカレ遺跡 Büklükale
ビュクリュカレ遺跡はクズルウルマック(赤い川)⻄岸に位置し、城塞部とそれを取り囲む都市部からなり、径約
600m の規模を持つ紀元前2 千年紀、前ヒッタイト、ヒッタイト時代の都市遺跡です。2009 年に発掘を開始し、10 年
後の2019 年に、アナトリアでは王宮所在地とされるボアズキョイ、オルタキョイ、カヤルプナルの3 遺跡でのみ出⼟
しているフリ語の楔形⽂字⽂書(宗教⽂書)が初めて出土し、以後毎年のようにヒッタイト語、フリ語の粘土板が出⼟
しています。これらのことはビュクリュカレ遺跡が極めて重要な都市であったことを示しています。
カマン・カレホユック遺跡 Kaman-Kalehöyük
カマン・カレホユック遺跡は、トルコ共和国の首都アンカラの南東約100km、アンカラ−カイセリの旧街道脇、クルシェヒル県カ
マン郡カマン市の東約3km、クズルウルマックの支流の側に位置し、アナトリア考古学研究所のあるチャウルカン村の北約1km に
あります。高さは16m、径は280m のアナトリアにおいては中規模の丘状遺跡で、1985 年に予備調査を行い、1986 年に「文化編年
の構築」を主目的として本格的な発掘調査を開始し、現在に至っています。遺跡には少なくとも紀元前4000 年頃から紀元後15 世
紀まで、5500 年の文化が堆積していることを確認しています。
ヤッスホユック遺跡 Yassıhöyük
中央アナトリアの幹線道路上にあるヤッスホユック遺跡は、南北500m、東西625m、⾼さ13m の中央アナトリアでも
⽐較的大きな遺丘と、その北裾野に広がる下の町からなります。2009 年に開始した遺丘の発掘調査ではこれまでに鉄
器時代、中期⻘銅器時代、前期⻘銅器時代の3⽂化層が確認され、2018〜2019 年には下の町において、遺丘上の第Ⅱ層
中期⻘銅器時代に平⾏するアッシリア商業植⺠地時代 (紀元前2 千年紀初頭)の居留区の存在が明らかになっています。
2021〜2025 年には遺丘頂上部で第III 層(前期⻘銅器時代)に焦点を当てた調査を継続しており、これまでに3⽕災層と
2非火災層に跨る5 建築層に分かれる遺構群が確認され、紀元前3 千年紀の中央アナトリアにおける都市の変遷を辿る
貴重な⼿掛りを提⽰しつつあります。


隊長 松村公仁
隊長 大村正子

